繁栄のパラドクス
(原題:THE PROSPERITY PARADOX – How Innovations Can Lift Nations Out of Poverty)
出版社:ハーバーコリンズ、2019
著者:クレイトン・M・クリステンセン他
訳者:依田光江
「イノベーションのジレンマ」の著者であり、今年1月23日に死去した米ハーバード大経営大学院教授のクレイトン・クリステンセン氏の最後の著作。
繁栄のパラドクスとは、繁栄のために直接的に効果があると思われる投資をしても繁栄に結びつかない、というパラドクス(逆説)のこと。例として、共著者(エフォサ・オジョモ氏)のかつての取り組みの失敗談が語られる。彼は、エチオピアの貧しい10歳の少女の現実を知り、母国ナイジェリアのさまざまな地域に井戸を掘るための資金を集め、活動を始める。しかし、井戸の故障を直すことができず、計画はとん挫する。彼は、貧困を緩和するだけでは繁栄を作り出すことはできないことを悟る。
このような結果に陥らないよう、本書では、市場創造型イノベーションの重要性を説く。市場創造型イノベーションとは、富裕国では一般的となった既存の製品/サービスを貧困国でも手に入れることができるようにするプロセス上のイノベーションのことである。そのためにはまず潜在的な需要が存在する製品/サービスを発見し、その利用を妨げているバリアを探さなくてはならない。住民が製品/サービスを手に入れることができない理由として、4つのバリア(スキル、資産、アクセス、時間)があるという。市場創造型イノベーションとは、これらのバリアを取り除くプロセス上の変化のことなのである。
この考え方は、とてもよく理解できる。市場創造型イノベーションはプロセスを作り出すことであるから、それは広い意味の(あるいは本来の)システム設計といってもよいだろう。システム設計の本ととらえれば、想定読者である、投資家や、グローバルに活躍するビジネスマン、あるいは、地域社会のリーダーでなくても、幅広い層の人々の参考になる本であると言える。
でも、そこまで一般化して考えると、もう少し欲張りたくなる。この本はグローバル経済における富裕国と貧困国の間に起きる市場創造型イノベーションについて書かれているのだが、それは格差のある二つの社会や組織の間にいつでも起きえるものと言えないだろうか。グローバル経済をローカル経済に、たとえば、日本国内にあてはめてみれば、大都市圏と地方、大企業と中小・零細企業との間にこの市場創造型イノベーションが起きえるように思えるのだ。そう考えたうえで、あらためて、本書の流れを追ってみる。
- 富裕国と貧困国が存在する。
- 富裕国では、人々がさまざまなプロダクト/サービスの恩恵に浴している
- 貧困国でも、それらプロダクト/サービスに対する潜在的需要はある
- しかし、バリア(スキル、資産、アクセス、時間)が存在して、それらを利用できない、あるいは、利用を想像することすらできない。
- イノベータが現れ、市場創造型イノベーションを起こす
- バリアは消滅し、プロダクト/サービスへのアクセスが可能となり、それを支えるために貧困国の雇用も生まれる
- 市場創造型イノベーションからは新しい制度やインフラが引き込ませる(プルされる)
- さまざまな資源が必要となるが、プッシュ型(押しつけ)ではなくプル型で資源を利用するため、新しいプロセスは効率が良い。
- 貧困国の経済が成長すれば、制度や文化が豊かになり、持続可能な繁栄が実現する
ここで、富裕国と貧困国の関係を、大都市圏と地方、大企業と中小・零細企業の関係に置き換えて、このストーリーを眺めてみると、さまざま可能性が開けてくる気がする。(地方や中小・零細企業を一方的に貧困と呼ぶことが全く的外れであることは承知しているが、格差が存在していることは間違いないと思う)
【大都市圏と地方】
- 地方でも潜在的に需要はあるものの、大都市向けにしか存在しないプロダクト/サービスとは何だろう
- 地方におけるバリアとは、なんだろう。それらのバリアはどうすれば取り除くことができるだろう
- 市場創造型イノベーションによってどれくらい地方は繁栄するだろう。その投資はどれだけの収益をもたらすだろう
【大企業と中小・零細企業】
- 中小・零細企業でも潜在的に需要はあるものの、大企業向けにしか存在しないプロダクト/サービスとは何だろう
- 中小・零細企業におけるバリアとは、なんだろう。それらのバリアはどうすれば取り除くことができるだろう
- 市場創造型イノベーションによってどれくらい地方は繁栄するだろう。その投資はどれだけの収益をもたらすだろう
ちなみに、日本の人口の50%以上が大都市圏で暮らしているそうだが、ここで市場創造型イノベーションが成功すれば、大都市圏とほぼ同じ市場規模が地方に現れ、さらに地方に持続可能な繁栄がもたらされる。また、中小企業庁の分析によれば、2016年において日本の大企業の数は日本全体の0.3%、残りは中小企業と小規模事業者である(中小企業は、14.8%)。(https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/chousa/chu_kigyocnt/2018/181130chukigyocnt.html)
もし、大企業が利用する製品/サービスの市場創造型イノベーションが( 起きて中小企業でも利用可能となれば、(14.8/0.3≒)50倍の市場が姿を現し、中小企業に持続可能な繁栄がもたらされることになる。中小企業を日本の低い生産性の原因とする議論があるが、中小企業が日本の足を引っ張るという結論しかありえないのだろうか。
繁栄のパラドクスの主張は、さまざまな問題解決にじっくりと取り組むための枠組みを提供しているように思う。
(ここで使用している画像は書籍と無関係です)