トヨタ生産方式
脱規模の経営を目指して 大野耐一 著

ダイヤモンド社 1978年(第1版)

トヨタを世界最大(2012年から2015年までの販売台数ベース)の自動車メーカーにしたトヨタ生産方式の神髄を、その生みの親ともいえる大野耐一が解説している書籍です。

大野耐一の思想は、自動車業界のみならず、一般製造業における生産管理やスケジュール管理、またソフトウェア開発プロジェクトの管理など、幅広い分野で参照、応用されています。大野耐一の名前は、おそらく日本語の書籍よりも日本語以外の言語で出版されている書籍からTaiichi Ohnoとして参照されているケースの方が多いのではないでしょうか。

この本を読んで、筆者が一番感銘を受けたのは、トヨタ生産方式、特にカンバン方式で知られる後工程引き取り方式を広めるために、大野耐一とその周囲の人々が、大変な粘り強さと長い時間をかけて取り組んだことです。そういうと、「昔、努力の人がいたんだね」で済まされてしまいそうですが、ここで伝えておきたいのは、トヨタ生産方式を広めるために大野耐一らが選んだ段階的な改善の進め方です。

後工程引き取り方式

後工程引き取りと言うのは、無駄な在庫をつくらないように、後工程が前工程に部品を取りに行く方式のことで、後工程が前工程の部品を引っ張るわけですからPULL(引く)型生産とも呼ばれます。これに対して普通の製造現場は前工程から部品が押し出されて後工程に到着するPUSH(押す)型生産になります。こうするとどうなるかと言うと、部品が最終的な後工程である顧客の需要と無関係に生産されることになり、無駄な在庫が発生するのです。

当然のことですが、PULL型生産というのは、一部の工程でのみ実施してもあまり意味はなく、工場全体、あるいは、サプライチェーン全体で実施して初めて効果が出てきます。また、工程によっては、後工程引き取りを実施するのは非常に困難です。実施自体は可能であっても大変な無駄を生じてしまうからです。

その例が、プレスラインと言われる工程です。プレスで部品を加工するためには、大変大きく重量のある冶具である金型を使わなくてはなりません。そのため、後工程引き取りに対応しようとすれば、この金型を頻繁に交換する必要があり、そのための手段なくしては大変な不効率を招くことになるのです。

小さな改善から

これらの課題を克服するために、大野耐一とその周囲の人々は、まず小さな工程から少しずつ改善の輪を広げました。そして、小さな工程でうまくいったら、周囲の工程の人々を招き、その改善の効果を説明し、しだいに周囲の人々も巻き込んでいったのです。工程の改善を拡大し工場全体が拡大しても、それで終わることはなく、次は、他工場、さらにはトヨタの外にある外注先までも巻き込んで改善の輪を広げました。

外注先にとってトヨタはお客様ですから、後工程引き取りを取引の条件にすればおそらく表面的には簡単に実施への同意を得ることができたでしょう。実際そのような動きもあったらしいのですが、その結果同意してくれたのは外注先の営業さんだけで、表面的な同意だけの場合には実際の改善効果は生まなかったようです。

まとめ

筆者はこの話はソフトウェア開発の現場でも大変参考になると考えています。ソフトウェアの現場も製造業と同じく絶え間ない改善を繰り返す必要があるのですが、地道さというか辛抱強さが足りないと思います。また一つの改善案をプロジェクト全体に広める時にも知恵が足りないと言えます。

大野耐一がトヨタ生産方式を広めた過程を参考にして、まずは小さな改善を成功させて周囲にそれを説明し仲間を増やしながら、さらに大きな改善の成果を達成したいものだと思います。前述のプレスラインの改善にトヨタは数十年の歳月を要しているのですが、ソフトウェア開発でも同じような歳月を必要とする改善や技術の進歩はあるはずと考えています。